'75年岩手県盛岡市生まれ。中学で音楽と出会い人生変わる。
TM NETWORKに憧れキーボードを購入。中学校最後の生活イベント(卒業生を送る会)にて初ステージを踏む。
しかし徹夜で準備したにも関わらず喝采を受けたのは側でグースカ寝ていたボーカリストだったため、やり場のない怒りと共にボーカル転向を決意。
10代後半より早くもその才能を評価され各種コンテストやオーディション等で高い評価を受ける。「俺は誰よりもすごいのだ。」と世間知らずの若者にありがちな不遜極まりない想いを胸に20歳の秋、大学を中退し上京。
あろうことか年末には早くも某大手メジャープロダクションのオーディションに合格する。「やっぱり俺は誰よりもすごいのだ。」と確信。そのまま人生順風満帆・・かと思われたが企画がポシャり、結局デビューできず。
天 狗 の 鼻 を へ し 折 ら れ る。
悪い事はどこまでも重なるのが世の常。同時期プライベートにて生涯最大の痛手を経験。吹き荒れる人間不信と絶望の嵐の中、血を吐く想いで自身3作目となるアルバム『forget me not.』を完成させるも、最早誰に聴かせる気力もなく、、かねてより区切りの年齢と考えていた25歳を目前に一度目の引退を決意する。
'00年6月、都内某音楽プロダクションに入社。アレンジャー、作曲家、レコーディングエンジニア、インストラクターとして幅広く活動。音楽の道を志す後輩達の指導に当たる日々を過すうちに、徐々に「もう一度自分自身の音楽を鳴らしたい・・てゆうか会社辞めてー」という想いが強まっていく。
'02年末、同社を退社し、自身の活動を再開。バンドや弾き語りによるライブ活動を行いつつ自身4作目となるソロアルバム『パースペクティヴ』を作成。'03 12/13、アルバムの発売とともに単身全国をまわる初のソロライブツアー"Tour'03'〜04 Northern Soul Delivery Vol.1 / Perspective"を敢行。
以降活動の主軸をツアー(ライブ)に据え、"Northern Soul Delivery Tour"シリーズを継続。活動を休止する'06年4月までの約2年間で音楽を始めてからそれまでの12年間における総ライブ数を軽々と上回る実に113本ものライブを行う。踏破した地域は南は九州・小倉から北は青森・弘前まで、一都一府34県に及び、各地にて熱い反響を得る。
'05 6/8、ライブで鍛えあげた珠玉の11曲を収録した待望の5th Album『GO!!』を発売!! ・・しかしツアーをやり過ぎたせいでアルバムを工場プレス/全国流通させる予算がなくなり、泣く泣くCD-Rでの暫定発売となる。
・・このころから色んな意味で雲行きが怪しくなる。
『GO!!』発売を契機に、それまで都内のみライブ活動を行っていたサトウタケヒロバンドも満を持してツアーへ!! 東北・北関東の全5カ所を廻るツアーは各地で大いに盛り上がる。
・・が、その後ソロ弾き語りツアーを再開するも、ライブそのものの充実度とは裏腹に言わば経営面においては一向に自分の描く理想に追いつくことができず(端的に言っちゃえば売れず)、次第に精神的に追いつめられていく。
加えてまたしてもプライベートでの様々な痛手が重なり、遂には鬱病と思しき症状を発症。年末にはこの世界からの引退を考えるようになる。
同時期、営業職で金融機関に入社。人生初のまともなサラリーマン生活を送る。慣れない仕事に日々追われる中、今までのように活動に満足な時間をとれなくなったが、意外と音楽が無くても平気なことに気づく。
'06 4/8、サポートベーシストの「サトウタケヒロバンド」卒業ライブのため、久々の自主企画ライブを行う。最高のメンバーで共に過した様々な場面が蘇り、ステージ上は実に感動的な空気に満たされた。・・が客席はガラガラ。その対比たるや実に惨憺たる有様であった。
翌日、薄っぺらいアンケートの束を捲りながら引退を決断。
以降、実に15年ぶりに「音楽の事を全く考えない」非常に平穏な日々を過す。
活動している間は実質的に休みが無かったモンだから、今更プレステ2を買って5年分一気にやってみたり、小説を一冊読んで気に入ったら作者の著作を全部買って年代順に読破したり、丸一日寝てみたり、上司の愚痴を肴に同僚と延々飲んでみたり、食べ歩いてみたり、無駄にでっかい冷蔵庫買って料理に凝ってみたり、、
まあつまりはそんな日々を謳歌した挙げ句、ふと気付くとなぜだか音楽に戻ってきてしまった。
「なんで?・・ったって、そんなの俺にだってわかんねぇよ」(本人談)
こんな感じなんですけど・・わかってくれた?

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